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2008 08,07 21:58 |
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時を越えた、って遙かチックですが、ただ単に旧暦でってことですよ!
まあ遙かだから間違いではないですけどね!! と、言うわけでして。めずらしーく有言じっこーなみどりですv 己が役割 果たさざるして 秋の香りが風に運ばれてくる、静かな夜。 一年に一度、恋人たちの逢瀬の日が、もうすぐ終わろうとしていた。 牽牛と棚機津女の、別れの刻限。 上弦の月の船に乗って、名残惜しく思いながらもまた、元の生活に戻っていくのだろう。 「汝が恋ふる、妹の命は飽き足らに。袖振る見えつ、雲隠るまで」 ヒノエは薄曇りの空を見上げ、誰に聞かせるともなく呟いた。 もっとも、少年の三歩後ろにいる耳の良い彼女には、聞き取れたろうけれど。 年頃の娘には珍しく情緒に欠けたところがある唯衣は、きっとこの歌に込められた哀しみを分かりはしても理解はしない。 「また来年までお別れなんですね」 立ち止まった彼の隣で唯衣も足を止め、同じように星空を仰いで言った。 豊穣を祈り、身を清める祭事の最中には考えもしなかったこと。 こうして安らぎを得、やっと恋人たちに、神々に気を向けることができた。 「自業自得だろ」 冷たくヒノエは言い放つ。 同情の余地はない、と二人に関しては思う。 「そんなに好きなら、初めっから離れさせられるようなことしなきゃ良かったんだ」 つまらなそうに、吐き捨てるように、少年は呟いた。 その言葉に、唯衣がおかしそうに肩を竦ませた気配が伝わる。 数年前の今日を、思い出したからなのだろう。 「……そうですね」 唯衣はどう思って、返事をしたのか。それが気になった。 『何で二人は一年に一回しか会えないんだろうな。 当たり前のことしかしてねえのに』 まだ役目や責任なんて面倒だと考えていた、幼く何も分かっていなかった頃。 自分は少し怒るように唇を尖らせた。 納得できない、とばかりに。 『お役目を放ってまで遊んで暮らすのが、ですか?』 まだ“唯衣”と呼んでいた少女は、咎める風でもなく不思議そうに尋ねてきた。 『好きになったら、きっと周りなんて見えなくなる。 ずっと一緒にいたくて、仕事とか全部どうでも良くなって。 それが恋とか愛ってもんだろ?』 ニィ、と大人ぶった笑みを浮かべて、知ったような口を利く。 憧れて、いた。 全てを犠牲にしてまで愛を貫くことを。 次期別当候補である自分の身が、あまり自由にならないのだと分かっていたから。 ……本当に、子どもだった。 何かを得るためには相応の働きをしなければならなくて。 職務放棄すれば大勢の人が困り、苦しむ。 誰かの不幸の上に成り立つ幸福なんて、所詮は偽りでしかないのに。 「オレが牽牛なら、自分の責務を怠ったりなんてしない。 やるべきことを果たさずに、本当に幸せになんてなれるはずないんだ」 きっぱりとした口調で、一寸の甘えも許さない鋭い眼光で。 それは己に向けた言葉だった。 「別当さまらしいです」 柔らかな唯衣の声がヒノエの耳をくすぐる。 人より幾分か高い声を心地良いと感じられるくらいには、長い時を共有してきた。 少女も、そう思ってくれているだろうか? 「……ま、最近になってやっと分かったんだけどな」 ふう、と一つため息をつく。 別当になってから、何もかも変わった。 急に跡を継ぐことになって、責任も義務も押しつけられて。 途惑いながらも受け止め、受け継いで。 努力だけではどうにもならないことを知り、それでも諦めないことの大切さを知った。 どうして代替わりしなければならなかったのか、湛快は多くは語らない。 けれど熊野を巻き込まないため、守るためだということは、同じ立場になった今は分かる。 幼い頃だって、熊野が好きだった。 豊かな自然を壊したくないと思っていた。 それでも守り方なんていくらでもあるだろうと、軽く考えていたのだ。 各々の役割によって、適したやり方があって。 例えば烏が民と別当の間に立って、架け橋となるように。 それが烏にしかできないことであるように。 熊野別当には熊野別当にしかできないことが、当然あるに決まっていたのに。 唯衣がどんな表情をしているのか気になって、彼は振り返る。 空を見ているのかいないのか、焦点の定まっていない瞳。 何を考えているのか、何も考えていないのか、読めない微笑を口元にたたえていた。 こういう時、彼女は“烏”なのだと実感してしまう。 たとえ本人に自覚がなくても、無意識下でもヒノエを、別当の様子を伺っている。 複雑な苦笑をこぼして、少年は口を開いた。 「お前は、分かってたんだな。最初から」 自分なんかより、ずっと役目に縛られている少女だから。 それを当然と思い、それ以外の生き方を知らない少女だから。 烏としての責任はどれほど重いのだろう? ……いつから、抱えていたのだろう? 無邪気さと共に冷たさを備えて、ヒノエの隣りで泣きそうな笑顔を隠していたのだろう? 「そんなことないです。 “若さま”の答えも正しいと思いましたから」 少し懐かしい呼称は、あの頃のもの。 褪せることのない記憶を手繰り寄せるように、唯衣は瞳を伏せる。 「だって、どっちも相手を想えばこそのものでしたから。 好きな人のためにどうすればいいか考えて、導き出した答えに、間違いなんてありません」 年よりもあどけない、しかし包み込むような優しい笑み。 こうやって、いつもありのままのヒノエを受け入れてくれる。 それがどれほど救いになっているのか、きっと少女は知らないのだろう。 心は、自由なのかもしれない。 ふいにそんな気がしてきた。 ヒノエが熊野別当でありながら、好き勝手やっているように。 職務に忠実に見える彼女も、心だけは縛られていないのかもしれない。 烏になった時、熊野ではなく『別当さまの力になりたい』と言ったくらいには。 「そっか。それも、一理あるかもな」 少しだけ心にかかっていたもやが晴れ、少年は夜空を見上げた。 先ほどまで薄くあった雲も今は風に流されて、綺麗な星々の輝きが視界に広がる。 この調子なら、舟に乗って帰ってしまう牽牛の姿が見えなくなるのは、もう少し後になりそうだ。 役目を放ったりしなければ、毎日だって会えただろうに。 岸辺を離れる牽牛も、それを見送る棚機津女も、本当はずっと一緒にいたかっただろうに。 哀れではあったけれど、同情も共感もしなかった。 役目がどうでも良くなってしまうほどの激情はいらない。 熊野を大切にできない自分など、人を愛する資格もないと思うから。 どちらも守れるようになりたい、と少年は星々に願った。 いつかそんな男になってやる、と少年は自らに誓った。 PR |
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