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空仰 ぎ 見む面影 少女は空を見上げた。 8:30 ただの、青いだけの空だった。 8:30 それをじっと、ピクリとも動かずに、見上げ続けていた。 8:31 どれだけの間、そうしていたのだろう。 8:31 少女はそっと、目を閉じた。 8:32 何かを耐えるように。何かをやり過ごそうとするように。 8:33 身体は像のように動くことなく。 8:34 苦しそうな表情だけが、少女を“少女”なのだと知らしめていた。 8:35 8:35 8:35 やがて。 8:36 永遠とも一瞬とも思える時間が過ぎ。 8:36 どこからか、男の声が聞こえてきた。 8:37 少女は閉ざしていた瞳をゆるりと開く。 8:37 声のした方に体ごと向け、微かに笑みを浮かべた。 8:39 潤んだ瞳は、それでも涙を零してはいなかった。 8:40 そこには強い意志の光が宿っているだけ。 8:41 何があろうと、挫けることのない心。少女が少女たる所以。 8:42 過去に囚われるわけには行かない。 8:42 今を、この一瞬を確かに生きている少女は。 8:43 男が少女との距離を保ちながら、声をかける。 8:44 「もう大丈夫そうだな」 8:44 安堵と、どこか当然だとでも言うような響きがあった。 8:45 少女は強気な笑みをはく。 8:45 「当たり前じゃない。 8:46 私を誰だと思ってるのよ」 8:46 それは虚勢であったのかもしれなかった。 8:47 それは精一杯の、男への気遣いであったのかもしれなかった。 8:51 男は明るく笑う。 8:52 疲れのにじんだ顔で、笑う。 8:52 少女も今できる最高の笑顔を作る。 8:54 そうでもしなければ、泣いてしまいそうだったから。 8:54 大切な人がいなくなってしまった、あの時のように。 8:55 もう一生会えなくなってしまったと思った、あの時のように。 8:55 還ってきた彼は、やがて生来の彼ではなくなってしまったけれど。 8:56 泣くわけには、いかなかった。 8:57 この事態を生んだのは、少女の家なのだから。 8:57 むしろ目の前の男の方が、泣く権利がある。悲しむ権利がある。 8:58 「あなたは、大丈夫なの?」 8:59 少女は尋ねる。言葉を飾ることなく、要点のみを。 9:00 「当ったり前だろ。 9:00 俺を誰だと思ってんだよ」 9:01 からからと、男は笑いながら答えた。 9:01 見て分かるほどにやつれた顔は、けして大丈夫そうではなかった。 9:04 それでも、男が大丈夫だというのであれば、知らぬふりをするべきなのだろう。 9:04 9:05 「嘘はつかないで」 9:05 9:05 けれど少女は、それができるほど聞き分けは良くなかった。 9:06 「私に嘘はつかないで。 9:06 私にだけは、絶対についてほしくない」 9:06 責任があるのだ。少女にも、兄達にも。 9:07 祖父を、止めることができなかった。 9:07 無理だと知っていても、考えずにはいられないのだ。 9:08 血に飢えた、化け物と呼んでもおかしくはない存在を、また生んでしまった。 9:09 これ以上、悲しい魂を増やしてはいけないのに。 9:09 「……悪い」 9:10 何に対しての謝罪なのか、男は顔を歪めて言った。 9:11 空いていた距離を詰め、少女の肩に頭を乗せる。 9:12 「そーだな、ちっとばかし……つれぇわ」 9:13 滅多に聞くことのなかった、男の弱音だった。 9:13 「初めからそうしておけば良かったの! 9:14 まったく、素直じゃないんだから」 9:14 声だけは明るく、少女は男の背中を何度か軽く叩く。 9:15 弱い部分を、見せてもらえて嬉しかった。 9:16 それを上回る罪悪感は、男を苦しめているのが自分たちだということ。 9:16 きっと、男は気にしていない。 9:17 己が選んだことだと、はっきりと告げるだろう。 9:17 分かっているから、少しでも傷を癒してあげたかった。 9:18 それがせめてもの償いだ。 9:19 男への。男を心から慕っていた、今は亡き兄への。 9:20 9:20 9:20 9:20 少女はもう一度、空を仰いだ。 9:21 ただの、青いだけの……目に沁みる空だった。 9:22